映画「日本海大海戦」「太平洋奇跡の作戦 キスカ」を観たよ

久しぶりにゲオに行ったら、なんとセルフレジになってました(店員はいましたけど)。

それで、タイトルの2作を借りるときに、セルフレジで、黒い盗難防止ロックを外すところから始めて、ハンドスキャナーで作品バーコードを読み取って、最後に代金を投入してっていうところまで自力でやるってとても新鮮な気持ちでしたよ。

映画作品は、ネットで普通に観ることができるようになりましたから、レンタル業界も厳しくなってきていると思いますが、その余波を受けてこういう感じに変わってきたというのはすごいやら、大変だなと思うやらです。


さて、まずは「日本海大海戦」を観ました。
日露戦争の話で、明治天皇のおわす御前会議から、というなかなかにすごいシーンから始まるこの映画、視点は将校レベルで進んでいきます。メインキャストは東郷平八郎です。

日露戦争と言うと、海戦が目立ちますが、日本海でのロシア軍との決戦を有利に運ぶための旅順攻略、二○三高地の制圧、という陸軍の協力もあってこそ、という視点で描かれてました。二○三高地での戦い、敵は目の前なのに、銃剣の弾の飛距離が短いためか、結局陣地に突撃するしかないという苦しい戦いというのがよく分かりました。
日本軍兵士の死屍累々、それでもやり通すしかないという悲痛な覚悟。乃木大将の心中はさぞ苦しいものだったでしょう。

そして、いよいよ対馬沖での連合艦隊とバルチック艦隊との決戦!

当時の特撮レベルということもあり、引きでのシーンでは特に波の出方などでときどきリアリティに欠くところもありましたが、セットの出来は上々、なかなかの臨場感で旗艦三笠をはじめとする各艦とバルチック艦隊との激しい戦いを見守ることができました。

敵弾が至近に到達して波しぶきを上げる中、東郷平八郎大将自ら甲板で指揮取るってかっこよすぎます。でも危なすぎですよ!w


いやあ、戦いに勝つっていい気分ですね! 後の戦争のことを考えるとアレですが、そこは考えない!
明治時代の民衆になりきって東郷平八郎大将ばんざーい!! という感じで視聴完了しました。




数日後、今度は「太平洋奇跡の作戦 キスカ」を観ました。
こちらは敗色が濃厚になってきた昭和18年7月の大東亜戦争中の話です。

アメリカの北方の領地を日本軍が占領したはいいものの、アッツ島での日本軍玉砕でアッツ島はアメリカ軍が奪取、キスカ島を挟んでアムチトカ島にもアメリカ軍と、キスカ島に残留する日本軍兵士約5,200名は孤立してしまいます。

日本海軍は南方の激戦への対応で、キスカ島に残留する兵士を救出するための艦艇を出すことにいい顔はしなかったものの、最終的にはアッツ島玉砕の二の舞にはさせないとする方針を打ち出し、残留兵士全員を救出する作戦が動き始めます。


キスカ島には連日アメリカ軍の爆撃機と攻撃機による攻撃があり、それも日々苛烈さを帯びてきていて、玉砕もちらつくという中で、潜水艦経由で救出作戦を知り、喜びの気持ちを素直に出す半面、周囲の状況から察しての絶望というないまぜの苦しい精神状態で生きていくことになる極寒地の兵士たちには、本当に同情を禁じえません。


霧に乗じてキスカ島に進む、軽巡を旗艦とする10隻を超える水雷戦隊の長ーい単縦陣にはただただびっくりですが、濃霧の中で確実に旗艦が全ての艦の統率を取るにはこの方法しかないのだと私も納得しました。

艦上での反対意見が次々に投げかけられる中、木村昌福少将の揺るぎない決断の数々と、霧とアメリカ軍の進軍スケジュールとの偶然で見事この作戦は成功しますが、
その偶然を生かせたのは、やはり木村昌福少将はもちろんのこと、絶対に人命は救う、絶対に作戦は成功させる、生きて還る、という関連する多くの人たちの強い想いと行動力のたまものだと思います。

そして、その何か1つでも足りなければきっとどこかで失敗したであろうことを考えると、やはりこの作成は奇跡と呼ぶにふさわしいのでしょう。

この作戦の完了は昭和18年8月頭ということで、一旦は5,183名の命は助かったものの、
まだ終戦まで2年近くもあります。キスカ島からの生還者でそのまま終戦まで生存できた軍人はどのくらいいたのか…、この救出作戦の成功に嬉しさを感じつつも、ちょっと気になる気分になっての視聴完了となったのでした。

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