漫画 イエスタデイをうたって 読了しました

作者の冬目景(とうめけい)さんの作品は、不思議な雰囲気を持つものがあり、kindleでときどきこの作者さんの作品を勧められたときには、絵が好みだし、良さそうだと思って購入して読んでみて、

「うん、良かった。いい話だった」
「ちょっぴり切ないけど、悪くない」

という読後感を得ていました。

これまでに、

・LUNO
・ACONY
・ももんち
・マホロミ 時空建築幻視譚
・空電ノイズの姫君
・ぼくらの変拍子

と読んできて、少年少女、あるいは若い男女の淡い友好関係や恋心に、
ライトで読みやすくて、仕事で疲れた頭を癒すのにはちょうどいい作者さんの作品だなと思っていました。

それで、本作「イエスタデイをうたって」もおそらく上記の本と同じような雰囲気とライトさを持つ作品だと思って気軽に購入して一切の前情報なしで、読み始めたのですが……


正直、地獄を見ましたw


ただ、誤解のないように言っておきますが、話がツマラナイとか、メチャクチャとか、そういうことではないです。
むしろ、恋愛作品としては、かなり丁寧に作られています。絵も好みですし。ヒロイン可愛いし。


今、ヒロインが可愛いと書きました。「ハル」という子で、主役の1人なんですが、この子に主軸を置いて、感情移入もしつつ、この子がいい恋愛をして幸せになるといいなぁという心持ちで読んでいくと、

たぶん間違いなく読者のほとんどの方は物凄く苦しむことになろうかと思います。


・三人の主役

この作品では、コンビニアルバイトで後に写真関係の仕事をする「リクオ」君と、リクオ君の学生時代の恋人で今は高校教師の「榀子(しなこ)」さん、そして高校中退後にミルクホールでウエイトレスをしながら祖父の形見の家で一人で生活する二十歳前後の「ハル」ちゃんが中心となってストーリーが進みます。

リクオ君は、榀子さんと別れた後は、特に彼女も作らずにバイトをしているだけでしたが、その榀子さんが高校教師として同じ生活圏で過ごすことになったことがきっかけでリクオ君はヨリを戻そうとし、榀子さんも友達として彼と度々会って話をしたりするようになります。

そこに、ハルちゃんが高校生のときに、ちょっとした偶然でリクオ君と出会い一目惚れをし、一旦は会えなくなったものの、ミルクホールで働きだしてから、その後のリクオ君を偶然見つけて、それからは頻繁にリクオ君が働くコンビニに会いに行くようになったところから、この三人のストーリーが動き始めます。

まあ、そこまでは良いのですが、


・恋心のベクトル(ハル→リクオ→榀子→故人)

三人とも恋心を向ける先が全く一致しておらず、そのためにちっとも誰の恋もなかなか成就しないのです。
特に可哀そうなのがハルちゃんで、リクオ君に早々に告白して自分の気持ちをしっかり伝えているのに、全くと言っていいほど、リクオ君はそれに応えない。なぜなら、リクオ君の気持ちはかつて交際していた榀子さんにしか向いていないからです。尤もその榀子さんも、子供の頃から好きだったが今はもう亡くなっている青年への想いがいつまでも断ち切れないわけで、リクオ君の想いもなかなか伝わりません。


・恋愛苦行

誰も恋の勝利者がいないとは言っても、上記に書いた通り、特に悲惨なのがハルちゃんで、後にリクオ君と榀子さんがかつては付き合っていたという事実を知ると、ポッと出の自分はどうしようもなく劣勢であることを自覚させられます。
しかも、どんなに積極的に勇気を出してアタックしてもリクオ君はほとんどそれに応えないし、かと言ってハッキリとタイプではないし付き合うのは無理だとも伝えないから、ハルちゃんは、どれくらい恋の成就の可能性があるのかも測りきれないまま、諦めきれないままで過ごしていくのです。

もうね、この様子が見ててすごく苦しいのです。

ハルちゃんは一人暮らしだし、小中高でも仲のいい友達はいなかったみたいだしで、どんなに苦しいことがあっても相談する相手もおらず(後半ではミルクホールでの店長にどうしたらいいか聞いてみたりする)、ただひたすら一人で悩み・苦しみ・時には声を上げて泣いているのです。そしてその様子を慰める人は誰もいないのです。自分で立ち上がるしかないのです。

この悲惨なハルちゃんの様子を見て、悲しく・苦しく思わない読者がいるでしょうか。
一読者の私は男なので、ハルちゃんに感情移入するといっても限界はあるのですが、女性の読者でまさに近いような境遇にいるのなら、もう読むのが耐え切れなくなった人もいるのではないかと思います。だってあまりにもハルちゃんは救われないのですから。

ブッダは、覚りを得る前に、一通りの激烈な苦行に身を置いたその上で苦行は無意味だと結論付けました。
だから、ブッダでさえ、その後は苦行に身を置くことはありませんでした。

なのに、ハルちゃんは全く望んでいないのに、まるで終わりのない、いわば恋愛苦行に身を置いてしまっていて、それをどうすることもできないのも、私は本当にもどかしいやら苦しいやらでした。なんなら、私もハルちゃんといっしょに苦行していたようなものです。


・リクオ君はクソか

ハルちゃんの気持ちを知っていながら、そっけない態度を取り続け、あるいはあからさまに邪険にしたりして、その一方でアタックはひたすら榀子さんにのみ行い続ける、というリクオ君は残酷なクソ野郎でしょうか。

でも、リクオ君に感情移入するなら、彼の作中での行動も仕方ないと思ったりもします。

榀子さんの性格は、明るく元気なハルちゃんとは正反対で、その正反対の物静かな性格の人がリクオ君のタイプなのだとすれば、ハルちゃんにはさほど興味を持たないのはある意味自然なことと思います。

それに、リクオ君なりに、いつも愛されたがっているハルちゃんに中途半端に好意を見せてしまったら、きっと変に期待させてしまうとも考えているのでしょう。

でも、本当に好きな人への想いはどうやっても変えられない。だからこそ、ハルちゃんが後にもう全く成就の可能性がないことをはっきりと自覚してもなお、どう意識してもリクオ君への想いはどうしても断ち切ることができず、それこそ泣いても喚いてもその気持ちを変えることができず、ハルちゃんはずっと苦しみにもがいたままで、その様子が本当に見てて辛いのです。ハルちゃんは素直でいい子だからなおさら。読んでいて私も血を吐く思いでしたよ。


・異性の友達は成立するか

このストーリーのもう1つのテーマにはこのことがあるように思います。榀子さんは故人との踏ん切りがつかないこともあって、リクオ君には常々「友達の間柄でいたい」と伝えています。リクオ君も一応はそれに頷きはするものの、でもやっぱりいつの間にかそんな気持ちは消えて、どうしても親密な関係になりたいわけです。
一方の、リクオ君への脈がほとんど途切れているハルちゃんも、恋人は無理でも良き友人でいようと、気を張ってあらゆる想いを振り切って、笑顔を見せて、リクオ君と会ったときに軽く話を交わしてそれでいいと納得しようとするのですが、なかなか諦めきれないでいたりして、実に健気です。異性友人でいるのは容易ではないと思わされます。

でも、例外は、失恋を自覚して本当にフェードアウトした人たちで、その人たちは、本当に友人のように作中で振舞っています。だから、本当に恋の炎が完全に消えたのなら、異性の友人関係はあるのでしょう。
でも、お互いのために、もう今後は連絡は取りあわない、と思うことが多いのではないでしょうかね。


・三人の行く末は

幸いにも、この作品は数年前に完結していました。なので、三人の長い恋の話も収束しました。
どう収束したのでしょう。もちろんそれはこれまで読んできた人だけの秘密です。

でも、気になるからと言って安易に読み始めたなら、皆さんがよほど恋愛段位者や恋愛名人でもないのなら、それなりの覚悟は必要だと思いますよ。

ただ、作品としてはとてもしっかりした内容ですから、読み応えは十分にあります。名作だと思うし、間違いなく冬目景さんの代表作になるとも思います。

なので、最近の恋愛物は読んでみても安易でツマラナイと思っている方は、じっくり楽しめると思います。

でも、最初に書いた通り、表紙絵のハルちゃん可愛いからとか、可愛いハルちゃんの姿を作中でたっぷり楽しみたい、という安易な気持ちで読み始めると、きっと私のように苦しみもがくことになるでしょうw


それにしても、この作品、完結しててよかったぁ。読了するまでの一週間ずっと苦しかったですよw
本当に痩せそうw

もしまだ続いたのだとしたら、これから何年も「もやもやとした」気持ちを持ち続けるのはあまりに辛いですって。ほんと。

第1巻から最終巻での完結までに15年以上かかっているみたいですが、それをリアルタイムで読んできた方って、精神力強すぎないですか?w それともやっぱり恋愛段位者だったりするのでしょうか?


というわけで、実に久しぶりに(個人的には)手ごわい作品の読了となったのでした。


・おまけ めぞん一刻との比較

めぞん一刻という作品では、主役の五代君のヒロイン音無響子さんへの愛が実るのは20巻以上も後なんですが、でも、こちらは今回のようにすごく苦しんだという記憶がありません。もちろん、強力なライバルがいたりしてドキドキハラハラはしたとは思いますが。

それで何が違うのだろうと考えてみたら、めぞん一刻は、恋愛の成就具合が、響子さんのリアクション等や伝聞を通してきちんと五代君に伝わっていたことが大きく違うのです。

だから、読者も、五代君ではやや劣勢かな? と感じながらも今後のハッピーエンドに向けて安心して期待を持つことができたのですが、
この「イエスタデイ」では、ハルちゃんはそういう恋模様の進捗を作中のほとんどで知ることができなくて、ただただ苦しむしかなくって、それが読者にはあまりにも気の毒に思えてくるのです。
そんななかでも、ハルちゃんは自力で苦しみを乗り越えようとするのだから、この意思の強さは素晴らしいですね。

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