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zoom RSS 映画「渚にて」を視聴した感想

<<   作成日時 : 2018/01/08 02:01   >>

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ローマの休日でアカデミー賞主演男優賞を獲得したグレゴリー・ペック主演の映画、渚にてをDVD版で視聴しました。

あらすじは、1964年に全世界を巻き込む核戦争が勃発して、人間を含むあらゆる生命が滅亡する、というものです。

と、書くと、かくも残酷な映像が想像されるかもしれませんが、むしろその真逆で、徹底してそのあたりの描写は出てきません。戦争・戦闘シーンは全くなく、登場人物の台詞で、過去に人類として致命的な戦争が行われたと知る事ができるのみです。


この作品は、群像劇的ではありますが、潜水艦のタワーズ艦長(グレゴリー・ペック)とその関係者に焦点を当ててストーリーが展開されます。

そして、監督の理想でもあるのでしょう、理性的な先進国という幻想を体現すべく、どの登場人物も極めて紳士・淑女的に世界の終末を受け入れ、かつ、最後の日まで希望を諦めず、なおかつ現実を受け入れて最後の日を迎える、という、極めて理性的な思考の人々の生活を描く展開となっていました。


理想的な、という意味では、残された日々で常軌を逸しない範囲で最後の享楽を思い残すことなく体験し尽くす、というところもしっかりストーリーに含めています。

タワーズ原子力潜水艦艦長と、「現地での恋人」との許されざるロマンスも、ハリウッド的でありながらも、人類にとってのおすすめの終末的享楽だと示さんばかりでした。


不気味なほどの静寂に包まれつつある世界で、希望にも似たモールス信号がとある拠点から発信されますが、これは放射能まみれの大気を避けてできるだけ安全に航行することが可能な原子力潜水艦の存在意義ともなっています。

それがどういう結末につながるかは、皆さんにご視聴いただくほかはありません。


なお、1959年のこの監督は、終末に向けて人類の知的で理性的な部分に大きな期待を寄せましたが、
後年の他の作者・製作者によるポストアポカリプス的作品では、いずれも切迫した人類は欲望をむき出ししにしてどんな酷いことでもしてしまう、そしてどんな悲惨な世界になってもなお逞しく人々は終末の世界で生を繋いでいく、という内容のものが主流となっています。

残念ながら、後者の世界観、というか予想がそのまま現実になる感じがします。
そのとき、日本人は、それでも秩序を保って生きていけるのか、それともあまりの困窮に、とうとう生存本能をむき出しにして殺し合い奪い合って生きていくようになるのか、気になるところではあります。


そういえば、見た目まったりしている「少女終末旅行」は後者の明確な殺意による争いの後の話だし、かなり終わりすぎているラストハルマゲドンというPCゲームでは、人類は終末を悟って穏やかに滅び行くことを選択する話が出てきたりして、意外なストーリーを見せるポストアポカリプス作品もあったりします。


最後にこの映画に話を戻すと、静寂ということの恐ろしさを殊更視聴者に植え付けることに幾分は成功した作品になると思います。まあ、このことに人類がもっと想像力を働かせることができるなら、終末戦争はきっと回避できるでしょう。究極の愚かさに到達することを思い留まれるなら、きっと世界に静寂は訪れないでしょう。

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